One drop

「フゥ太、お前は連れて行けないよ」
ツナ兄が、明日イタリアに飛び立つ。
分かっていたつもりだったけど、はっきりと言われたらどうしようもなく狼狽している自分に気がついた。
笑顔で分かってる、とか、いってらっしゃい、とか、気をつけてね、とか、とにかく何でもいいから心配しないでねってそういう類の言葉をついさっきまでは言うはずだったんだけれど、僕の唇はどうしようもなく震えていて、頭の中はスプーンでかき混ぜたみたいになってた。唯一、幸いなのは僕の目には一粒の涙も浮かんでいないってことだけだ。
「ツナ、ちょっと、」
ビアンキ姉が、責め立てる口調で身を乗り出したから、慌ててその腕にしがみ付く。 やめて、って口には出さなくても、僕の顔を振り向いて一瞬だけ不服そうな表情と哀しそうな顔をして黙ってくれた。 役立たずを連れて行けとは言えない。 ランキングさえできなくなった僕は、近所で走り回っている普通の子供と何も変わらない。 ずっと普通の子供になりたいと思ってた。 マフィアに追われてばかりで安心したことがなかったあの頃は、ランキング能力なんて煩わしくて、いつなくなってもいいと思ってた。それがあったから僕は僕でいられたのに。なくなってから、惜しむなんて、まるで駄々をこねる小さな子供だ。
「大丈夫だよ。ツナ兄。」
震える声は止められなかったけれど、せめて笑顔だけでもと頬の筋肉を上げる。 ツナ兄の表情でそれは失敗していることが分かったけど、気づかないふりをして続けた。
「家族のように暮らしてくれた。兄弟のように過ごしてくれた。それだけで、もう十分だよ」
それだけ無理やり言って、唇を噛んだ。
きっと、イタリアへ行くツナ兄の心は不安でいっぱいなのに、僕はそれを少しでも少なくしてあげたいのに、何を言ったって何をやったって現状は逆の方向へ進む。 僕は、まだすべてをうまくこなせる程大人ではなくて、残念なことに圧倒的といっていいほど経験が足りない。 それでも、知らずにわがままを言えるほど無邪気な子供でもなくて、知らないふりで無邪気さを装えるほど大人もない。 それは、この場においてひどく致命的なことに感じた。

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